Haze
月明かりの下 今宵も遠く彼方を見つめ、番をする赤い騎士が1人
時刻は7時半を回ろうとする頃、家の中では夕食の時間なのか騒々しい
女が4人集まるだけでこれほどうるさくなるのだなと感心さえしてしまう
「しろーおかわり」
「はいよ。セイバーは?」
「私もお願いします」
「桜、醤油取ってくれる?」
「どうぞ」
「あー!!」
「な、なんだよ。いきなり大声出して」
「あたしのご飯よりセイバーちゃんの方が量多い!」
「・・・・・・。変わらないだろっ」
「そんな事ないよー。ね、桜ちゃん」
「え?わ、私は・・・」
「桜に振るな。困ってるだろ」
「えー。なら遠坂さんはどう思う?」
「遠坂も無駄だ。見てない」
「大河、シロウを責めないでください
大河の茶碗は私のより大きいので同じ量を入れたとしても少なく見えてしまうのです」
「そうなんです。藤村先生と衛宮先輩、私達という感じに大きさが違うんですよ」
「な、なんで私のだけ大きいの!?」
「茶碗足りないから爺さんの出してきたんだよ。俺と藤ねえは爺さんの」
「だからなんで私なのよー」
「他の子にその大きさは失礼だろ」
「なるほど。・・・・・ってそれ私に失礼っ!」
「熱っ!あちちちちちっ!!馬鹿っ!茶碗ごと投げるやつがどこに居るんだ!」
「うるさいっ!お姉ちゃんは怒ったぞー」
「あちちち!首に、襟から首に飯が・・・!」
「へーんだ」
「先輩、タオル水に濡らしてきたんで使ってください」
「ありがとう。あっつー・・・・。しかし皆は上手いこと避けたなぁ・・・」
「慣れてますから」
「ははははは・・・・。次からは飛んでくる前に教えてくれ」
「シロウ大丈夫ですか?」
「火傷はしてないけど服がベタベタだ。着替えてくる」
「その間に士郎のおかずいただきー!」
「ば、止めろ!桜!この馬鹿を止めておいてくれ!」
「藤村先生落ち着いてください」
「何ー?桜ちゃんは士郎の味方するんだー。なら桜ちゃんの体重を・・・・」
「せ、先生っ!!それ以上言ったら怒りますよ!」
「ならばそのエビフライをよこせー!」
「なんで標的が桜に変わってるんだよ!遠坂、お前もなんか言ってくれ!」
「・・・・・・・・・」
「そんなあたしに振らないでよみたいな顔しても無駄だ。そら、標的が遠坂に変わるぞ」
「遠坂さんエビフライ残してー食べてあげようか?」
「結構です。好きなものは後に食べる主義なんで」
「えー。なんで最後に食べるの?それってね、ご飯食べてる最中に隕石とかが落ちてきて
あぁ!死ぬ前にエビフライ食べておけばよかった・・・・!!とかなるかもしれないよー?」
「む、それは困る。なので大河は先にメインを食べるのですね」
「そうなのよ。」
「藤村先生だと隕石が落ちてくるーって聞いた瞬間全部たいらげてしまいそうですけど」
「まぁねー。エビフライ以外のおかずも全部食べておかなきゃどっちみち後悔だもんねー」
「なるほど。メイン以外もおいしいのですから全て食べてしまわないと死んでも死にきれないと」
「そうだよ。だからセイバーちゃんも後悔する前に一杯食べておかないと。ここは食事の宝庫なんだから」
「確かにここの食事はとてもおいしい」
「士郎、桜ちゃん、遠坂さんと3人もコックがいるしね」
「藤村先生はお作りにならないのですか?」
「遠坂、藤ねえが飯作れるんだったら毎日来ないよ」
「おかえりー」
「ただいま。って出かけさせた本人が普通出迎えるか?」
「もー。まだ根に持ってるの?士郎ってそんなに心が狭かったのね。お姉ちゃん悲しい」
「おろろろーなんて泣き崩れても駄目。文句あるなら自分用の茶碗買ってこい。これから先も茶碗を投げ続けられるなんて嫌だからな」
「あ、それいいかも。明日見てくるねー士郎も新しいのにする?」
「そうだな。爺さんの茶碗も古いし新しいの買おうかな」
「じゃ、買っておくねー」
「ほう、いろんな茶碗があるのですか?」
「いろんなっていうか柄が色々ね。犬とか猫とか」
「・・・その中に獅子もあるのですか?」
「ライオン?ライオンもあるんじゃないかな」
「セイバーさんはライオンが好きなんですね」
「はい、昔飼っていたことがありますから愛着が沸いてしまって。桜は何が好きなんですか?」
「私ですか?私は・・・・」
「?何か言いづらいのですか?」
「いえ、そんなことはないんですけど、私は動物より花や木の方が好きですね」
「それは桜らしい」
「藤ねえは虎でセイバーはライオン、桜は花だろ。遠坂は?」
「猫」
「「ああー。」」
「・・・・何よその納得は」
「っぽい。すごくぽい」
「まるで凛を表しているのかようだ」
「そうですね。尾をあげて優雅に歩く姿なんて遠坂先輩にぴったしです」
「それはいい例えだ」
「そうだねー。うん、猫っぽい。ネズミとかじゃないもんねー」
「なんでそこでネズミが出るんだ」
「猫と言えばネズミでしょ。耳とか想像したらネズミより猫の方が似合うよねー」
「そうだな。気性が荒いとことか似てるかもな」
「衛宮くん、今何か言った?」
「・・・・・・・・いや、猫ミミ似合いそうだなって」
「猫ミミとはなんですか?」
「猫ミミっていうのはねー士郎とか男の子が好きな・・・・」
「藤ねえ!いいからそろそろ食べてしまおう、飯が冷えるぞ」
「猫ミミが好きなんですか・・・・」
「へー」
「話を掘り返すなー!」
・・・・ぎゃあぎゃあと本当に騒がしい
声が聞こえぬよう、別練の屋根へと移動した
「馴れ合いはしないんじゃなかったのか」
ここには居ない主へ文句を言う
ったく。バーサーカーを倒したら衛宮士郎は敵だってのを忘れてるんじゃなかろうか
ごろんと屋根に寝転ぶ。別に警戒しなくても今は襲ってこないだろう
星が綺麗だ。この街はまだ綺麗に星が見える。都市の方では街の光に負けて星など見えない
幾度、この星の下で戦ったのだろうか
正義の味方になる。そう誓って死ぬまで走ってきた
後悔などしていない。私は多くの人を救えた。犠牲を最小限に減らし、多くの笑顔を守った
後悔などしていないんだ
なのに、ここに居るとそれに似たような物が襲ってくる
「凛。ここに住まう理由はあるのか」
背中に問いかける。当の本人は机に向かってゴソゴソと何かをしている
それにしても片付かない部屋だ
仮にでも女として生まれたのだから整理くらいしてもらいたい
あの屋敷を管理しているのだから掃除は出来るはずなんだが・・・・ここの空気で気が抜けているのか
それとも女にとってこの部屋では荷物が収まりきらないのか。今はどうでもいいことなので追々追及していこう
「何よ今更」
かけていた眼鏡をはずしてこちらを向く
「いいから答えろ」
吐き出すように言ったのが気にくわないのか、眉がみるみるうちにつり上がっていく
「そりゃなかったら住むわけないじゃない。士郎とは協力関係だし傍に居た方が作戦たてやすいでしょ」
「そう頻繁に作戦をたてるわけでもないのだから、自分の工房に帰った方が君の為だと思うが」
「そりゃ自分の家の方が魔術を使うには適してるわ。でも別にここで強力な魔術を使うわけでもないし、
バーサーカーが襲って来た時には家もここも変わりないじゃない。」
「・・・・・・・」
「それに貴方だってまだ傷治ってないでしょ。ここにはセイバーも居る。私達にとっては自分の家よりここの方が今は安全よ」
「傷など君を守る分には支障ない」
「・・・・・・はぁ。守る分だけじゃ治ってるなんて言えないじゃない」
「む」
「アーチャー、貴方は守る為に居るんじゃない。勝つ為に居るのよ。」
「そんなこと承知している」
「ならなんで・・・今日の貴方ちょっとおかしいわよ。何カリカリしてるかわからないけど」
・・・・・。
「ここに居るのが嫌なの?」
―――。当たり前だ
「いいはずがない。ここは敵地だろう」
「今は敵地じゃない。アーチャー、これはマスターの命令よ。
私の言葉を受け止めて、屋敷の周りの警備をする。ここは敵地じゃない。わかった?」
「・・・・・・・・・・・」
コンコン
「遠坂、ちょっといいか?」
「ちょっと待ってて」
くるっとこちらに向き直す
「アーチャー返事は?」
「・・・承知した。マスターの命令には従うさ」
言い終わると霊体化し、外に出る
出ていく時、凛の溜め息が聞こえた
再度屋根に戻り、なんとか凛を説得できないかと試行錯誤を繰り返す
が、あの頑固なお嬢様を言いくるめる方法など思いつかなかったし、凛が言ってることは正しい
まだ治らぬか。
いくつか前の夜、セイバーに切られた場所に手を当てる
外見は治ってるのだが・・・・・うむ。やはり治癒は得意にならんな
チッと舌打ちをうつ
それを合図にポツリポツリと雨が降ってきた
こんな時期に雨か、まぁ小雨だ。すぐ止むだろう
「はぁ!たあっ!!」
パシンッ。
気持ちいいい音が聞こえる。これは竹刀の音か?
ここらでこのような音が聞こえるのはあそこしかない
ちょうどここから道場は真正面にあり、アーチャーの目を要すれば中の様子などたやすく覗けた
うむ。小僧とセイバーの打ち合いか。いや、打ち合いなどというものじゃないなあれは
衛宮士郎がセイバーに一方的にやられてるだけの組み手
パシンッ
弾けるような音とともに小僧の体が浮く
ドシッと尻から床に倒れる。受身も出来ないのかあいつは
「シロウ、何寝転んでいるのですか」
「ちょ、ちょっと待て。今のは痛い・・・・!」
「痛いのは当たり前です。さぁ、立ち上がってください」
「っつー・・・・。くそう!」
意地で立ち上がるがすぐにまた一本くらってしまった
見てられない。それにしても・・・・セイバーも素人相手にきついもんだ
他人事に思えずつい苦笑いをしてしまう
気づいたら練習が終わるまで見ていてしまった。時間にして2時間くらいだろうか
雨は次第に強くなり、もうすぐ本降りになろうとしている
・・・・・・・・・・・。
霊体化すればいいものの、そのまま雨に濡れていた
だから、いつもなら合うはずのない視線が交わった
「っ!」
相手も驚いているようだ。そりゃそうだろう、見られてるなんて思ってもなかったに違いない
そして自分自身も相手が気づくほど見てるなんて思わなかった
いかん。喝を入れ、家の周辺に視線を移す
異常なし。何事もない、今日もこうやって終わ・・・
「アーチャー」
「っ!?」
声は下からだ。凛のものではない
否、この声を聞き間違えるはずなんてないのだ
屋根の下を覗くとそこには金髪の少女が立っていた
「どうしたセイバー。小僧では飽き足らず私とも竹刀をふるうつもりか?」
「そのつもりはありません」
タンッと軽やかに屋根に上って来た
「いつもここに居るのですか」
「私は周辺の警備をしているんでな、ここが私の部屋みたいなものだ」
「部屋、ですか。それにしては寂しいですね」
「何、今日は雨だが晴れの日にはなかなか居心地がいい」
「そうですか、確かにここだと星が綺麗に見えそうだ」
空を見上げるセイバー。残念ながら月が隠れてるのでどのような表情かわからない
「さて、何の用で来た。世間話をしに来たのではあるまい」
襲い掛かってくるようなことはないと思うが念の為、いつでも応戦出来るよう魔力を溜める
「──それではいけませんか」
「なぬ?」
今、なんと言った?
予想外の展開に集中力が途切れ魔力が分散していく
「たまには貴方と話してみるのもいいと思った。協力関係なのですから貴方の意見を聞こうかと」
「・・・・は、何を言い出すかと思えば」
私達は今はこうして協力関係だけど敵なのは変わりないのだぞ?
・・・・ここで罵倒してしまえ。ここで振り払ってしまえ、二度とこの屋根の上に上ってこないようにしてしまえ
そうすれば、今まで通り過ごせる。敵として見える。凛と同じように気を許してはいけない
私だけはしっかりせねば。こいつらは凛を裏切ったりはしないだろうが、私は信じてはいけない
馴れ合ってはいけない
戻れなくなる
「貴方の意見は厳しいが筋が通っていて正しいものだ」
「何を根拠に」
「しいて言えば貴方のマスターです。凛のサーヴァントなら間違った意見などしないでしょう」
「それはどうかな。凛に対しては真実かもしれんが、貴様に対してだと嘘かもしれんぞ?」
「まさか、貴方は嘘などつかない」
「────。」
だから、何を根拠にお前はそんなことを口にするんだ
「馬鹿らしい」
「?何がですか」
バッと赤い外套をセイバーを包むように投げる
「っ!?」
「警戒するな。何もしないさ」
「・・・・これは?」
どういう意味があるのですかと問いかける
「───。何、このまま風邪をひかせてしまってはお前のマスターに何を言われるかわからないからな」
「・・・・・・・」
「これから本降りだ。早く中に入って風呂にでも入れ」
「な、貴方だって濡れてるじゃないですか」
「私は霊体化するさ。それに、先ほどからお前の名が聞こえる。探しているのではないか」
「──。」
「そう睨むな。・・・・話はまた晴れた日にでも聞こう。別に急ぐことでもあるまい私はしばらくここに居るのだ」
「・・・・でわ、お言葉に甘えて今日は戻ります」
「そうするがいい」
「不要かもしれませんが置いていきます」
そう言いながら傘が置かれた
「本当に不要だな」
むっと機嫌をそこねたのか不機嫌な顔に
その顔が、本来ならなんだとか思わなければいけないはずなのに愛らしく感じてしまった
「早く戻れ。ずぶ濡れになるぞ」
「貴方には言われたくありませんがそうさせてもらいます」
でわと一言残して彼女は家へと戻った
置いていかれた傘を手に取る。水玉模様のかわいらしい傘だ
自分がこれを差してるとこを想像すると思わず笑みがこぼれる
似合わない。差してるとこを凛にでも見られたら腹をかかえて笑いそうだ
「はっ」
1つ、声を出して笑ってみた
そして先ほどのセイバーとの会話を思い出す
「・・・・くそっ」
くしゃっと髪を握る
結局、振り払えなかった。あの目に見つめられたら振り払うことなんて出来なかった
『ここに居るのが嫌なの?』
―――。当たり前だ
「ここはいささか、想い出が多すぎる―――。」
失った物が、この家の玄関をくぐればそこにある
藤ねえ、桜、遠坂、セイバー―――。
あの屋根の下には、昔失った日々がある
衛宮士郎だった頃の平凡ででも、とても幸せだった日常が
―――二度と逢えぬと思ってた君が居る
一度も忘れたことがない。否、忘れられるはずがない始まりの夜
月光の下、俺はあの瞬間、穏やかな聖緑の瞳に心を奪われた
そして今宵、またもや君の姿に心を奪われたんだ
どれだけの時間を過ごしても決して忘れられることの出来ない儚い思い出
綺麗すぎて、その反面醜すぎて、ただ一生懸命だった俺の初恋
あの日、君を見送ったことに後悔などしてない。それは本当だ
でも、幾度かこのような夢を期待した
もう一度セイバーに逢いたいと。今一度、この手で君に触れたいと――。
貴方を愛してる―――。
あの返事は言葉で伝えなくても伝わっただろうが、出来るなら俺も言葉で、抱き締めて、愛してると。伝えたかった
それが、その願いが、一歩進めば叶うかもしれない
温もりなんてとうに忘れてしまったけど
あの、溢れだしそうな気持ちはまだ残ってる
胸の奥で今も尚、光り輝いている
行ってしまえ、言ってしまえ、自分の全てを伝えてしまえ
好きだと。愛していたと。君を失いたくなかったと。全てをぶつけてしまえ
彼女を抱きしめてしまえ、あの華奢な体を今なら全て包み込める
そうすれば、この気持ちは晴れるのだ。後悔のような、もどかしい靄のかかったこの気持ちが
「・・・・・・何を考えてるんだ俺は」
雨が大粒になってきた
その冷たさに段々昂った気持ちが治まってくる
今更
今更、君を抱きしめたところでどうにもならないのに―――。
あれは衛宮士郎が17歳だった頃の出来事
あの時にしか起こりえなかった夢
だから、今こうして君に逢えたとして続きなんて出来ないし、してはいけない
俺は衛宮士郎だけど、17の衛宮士郎じゃないんだから
それに、あの別れは最高だった
悲しくて、辛くて、何度も止めてしまいそうになったけど
君は最後、幸せそうな顔をしていたのだから───
あれは、誰のためでもないセイバー自身の為の笑顔だった
俺が一番見たかった笑顔で消えたんだ。だから後悔なんてない
だから、あの想い出を俺の身勝手な行動なんかで汚してはいけない
それは想い出を消し去るのと同じことなんだから
靄もだんだんと消えてきた
さて、感傷に浸るのは今夜だけにして元のアーチャーに戻ろう
明日はセイバーが来るかもしれないのだ。いや、セイバーは律儀だからきっと来るだろう
そしてまずは衛宮士郎との組み手について話すか。もっときつくしてやった方が奴の為だと
今一度、空を見上げる。遠くの方ではすでに空が見え始め、月の光が差し込んでる
晴れたらいいのだが
神様なんて信じてないけど祈ってしまった
たまにはいいだろう。こうやって彼女に逢えたのも神様というやつの気まぐれなのかもしれないし
神様というやつを少しは信じてもいいかもしれない
気分転換に土蔵で鍛錬してる奴にちょっかいでも出してやろう
不器用に強化ばかり。今日は投影について少しばかりヒントを出してやるか
タンッと土偶へ飛び立つ
靄など全てふっとばし、地面に着くことには元の憎らしいアーチャーに戻っていた
過去は取り戻せない
だからこそ、後悔なんてものがある
でもやり直そうなんて考えちゃいけない
それはそれで自分を築き上げてきた1つの欠片なんだから
それがあるからこそ、今の自分があるのだから
だから、その欠片を忘れぬよう握り締め、前に進もう
蒼い騎士の姿を胸に抱き、これからも進もう
End
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