赤い存在  



士郎、セイバーとの行為を終わらせた後、私は1人外に出た
風がびゅうびゅうと吹き、木々を揺らしていっそう不気味にさせている
空を見上げると月が顔を覗かせていた

ふと、腕をめくってみる
もう令呪の後なんて欠片もない
もちろん、魔力が外に放たれている感じもしない
1人になって、わかっていたけど改めて理解させられた

「──アーチャー、本当に居なくなったんだ」

初めて味わう空虚感
きっと、この穴には彼が居たんだろう
彼と過ごした時間は10日ばかり
数えるほどの思い出しかない
なのに
なんでこうも胸が苦しいのか

彼との時間が心地よかった
嫌味な奴だったけど、わかってる。あれは彼なりの優しさだった

朝、頬が緩むほどの紅茶を入れてくれて
日中、授業の合間にどうでもいい話なんかして
毎夜、新都の夜を飛び越えた──

常に傍らに居た、赤い外套の彼は
1人だった私にとって、1つの安らぎだった
誰にも気を許せなかった
常に優等生で在らなければいけなかった
勉学も運動も何でも1番で
私はいつぶりに全てを見せれる相手に出会ったのだろう
本気で怒って、怒られて
笑いあって、馬鹿にしあって、呆れたこともある
そんな私たちだけど、認め合っていた
正体不明で自分の過去を忘れたなんて言うあいつを
馬鹿みたいに信用してた

ねぇ、アーチャー

どうせ離れてしまう私たちだったけど
もう少しだけでも一緒に居られなかったのかな

ごめん
謝るべきことじゃないのはわかっている
でも、ごめんね
私は貴方を殺してしまった
仕方のない選択だった
わかってる
きっと貴方もそれしかなかったと理解していた
だけど
この気持ちは簡単に片付けられそうにない
何か、他に道はなかったのか
持ってきた宝石を使えばアーチャーも一緒に逃げれたかもしれない


ギリッ

歯が鳴る


──本当に、どうしようもなかったのだ
生き延びる手段は貴方が犠牲になるしかなかった
なんで神様はこのような、酷い選択しか与えてくれなかったのだろう

知らぬ間に、涙が流れていた
泣いたのはいつぶりだろうか
袖で拭う
だけど、涙腺が壊れてしまったのかポロポロと溢れてくる
それをごしごしと強く、服で拭った
泣いてる場合なんかじゃない
わかってる。私は後悔なんてしてられない
あいつは命をかけて私を守ってくれたんだ
ならば、その命を無駄になんかできない
私はどんな手を使ってでもバーサーカーを倒さなくてはいけない
だから、涙をふき取って明日のことを考えなければ
だけど
この胸の痛みが、しばらく消えそうにないのが少し辛い




「遠坂?」


何をしてるのだと、士郎は様子を見に来た
急いで頬に残っている涙を拭う

「どうしたんだ?」
「なんでもない。ただ風にあたりたかっただけ」
「そうか」
「セイバーは?」
「疲れたみたいで今は眠ってる」
「そう」

目が覚めればセイバーの力も戻っているだろう
そうなれば、私の宝石を出し惜しみせず使えばバーサーカーを倒せるかもしれない
チャンスは今しかない
あいつがバーサーカーに何もしないで消えるわけがない
傷ついている今、バーサーカーを倒さなければ私たちにもう勝機はないんだ

「遠坂」
「何?」

頼りになる月の光が雲に隠れてしまったから、表情はわからないけど
声のトーンで士郎の顔はきっと、真っ直ぐに私を見ていると感じ取れた

「すまない。ありがとう」

いきなり頭を下げられた

「何が?」

突然のことで驚く
頭を上げなさいよと士郎の側に駆け寄った


「・・・・・アーチャー」

申し訳なさそうに、彼は眉を歪めた



「──謝ることなんてないわ」

謝られても、アーチャーは帰ってきたりしない


「でも」
「士郎」

ピタッと人差し指を鼻に指す


「謝罪なんていらない」

そう、謝罪なんて意味がない


「私が欲しいのは──」

私がなぜアーチャーを犠牲にしたのか
そこまでして欲しかったもの、それが私にはあったんだ
10年間、ずっと待ちわびていた聖杯戦争で手に入れたいもの
アーチャーを失った。なら、それを手に入れなければ嘘だ




「──勝利だけよ」


本当は笑顔なんて作る余裕なんてなかったけど、にこりと意地で笑ってやった
もしかしたら引きつって情けない顔になってるかもしれない
けど、きっと雲が隠してくれてるだろう
そう信じて、更に強気で私は続けた

「だから、絶対バーサーカーを倒して」

お願い
それは哀願にも似ていた

「負けたりしたら許さないんだから」

影がなくなり、月の光がゆっくり差し込む
士郎の顔が照らされて眩しいくらいよく見える
鼻を指されて驚いている顔から
びっくりするくらい優しく微笑んだ


「──ああ。約束する」

その響きはどこかアーチャーに似ていて、思わず涙を流してしまいそうな程暖かかった
差し出していた人差し指を引っ込め、代わりに別の指を差し出す


約束ね──


私たちは、子供のように小さな指切りをした
背中を預けることはまだ出来ないけれど
私がアーチャーに支えられたみたいに、次は私が士郎の背中を押してあげよう
勝利に導こう、同盟を組んでるんだから士郎が勝利を手にしたイコール、私も勝利を手にしたってことになるでしょう?
半人前で、頼りがいがありそうで、ない奴だけど
この力強く握ってくれる小指にかけて信じてみよう
ああ。きっと私は今、素直に笑えている


「じゃ、戻ろっか。少しでも寝て体力回復しなきゃ」


目が覚めても、もうあの憎たらしい男は居ないけれど
それでも前を向いて進もう
それが私の、『遠坂凛』の生き方だから
最高のマスターだと言ってくれた貴方の言葉を糧に生き残る
明日の決戦のために、今日はもう夢に落ちよう

アーチャー

きっと、貴方の事忘れられない
忘れられないほど、大きな存在だったから
この気持ちを口にすることは出来ないけど
1つだけ言わせて欲しい
貴方が、私のパートナーでよかった

『絶対後悔させてやる』

本当に後悔したわ
きっと、貴方じゃなかったらこんな想いしないですんだのだから
でも、貴方と過ごせた日々の方が光り輝いているから
後悔なんてしていない
強がりかもしれないけど、私はそう思う
ありがとう
貴方と過ごせた奇跡を、私は尊く想う───





END


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