共に歩く ─5─  





「昨日からよく話しかけられるのよね」



特製の弁当を食べ始めるやいなや、遠坂の口から慎二の名前が漏れる
いきなりどうしたのか、何か企んでるのか、怪訝そうな顔をしている
あれだけ直球なのに遠坂には通じないのか
遠坂って結構鈍感?それとも慎二がそういう風に思われていないのか


「ねぇ、聞いてる?」
「ああ、聞いてるよ」
「なんで話しかけられるんだと思う?」
「さぁな。長い付き合いだけどあいつ難しいとこあるからな」
「士郎ならわかると思ったんだけど」


あながち間違いでもない
知ってるのだがこれは慎二が自分の口から伝えることだろう
もぐもぐと弁当を頬張っていく。箸が進むあたりお気に召してくれたみたいだ


「私の推測によると絶対何かを企んでるのよね。なんだと思う?」
「さぁな。お茶飲むか?」
「あ、ありがと」


手渡したお茶を飲む


「士郎さぁ、さっきから話逸らそうとしてない?」
「いや、そんなことはない」
「うそ、ならちゃんと目を見て言って」


う、黒い、大きい眼が俺を見据える
駄目だ。嘘をついたり隠し事をするのは昔から苦手なんだ
それに、ちょっと遠坂さん?近くありません?
ただでさえ昼を食べるのに肩が触れそうなほど近いんだ
それ以上近づくと大変なことになるぞ


「わかった。わかったから落ち着いてくれっ」


ダブル効果で俺は根をあげた


「なら白状しなさい。嘘を言った時点でどうなるかわかってるでしょうね」


ふふんと笑う遠坂、なんて嫌な笑いなんだ
昨日の可憐な笑顔をいつもしてくれ
いや、あれはたまにだからいいのかもしれない
それにあの笑顔を他の男に見せるのはなんか嫌だ


「何黙りこんでるのよ」
「慎二のことだが、あまり詳しくはわからない」


俺の回答に遠坂は納得がいかないようだ
仕方ない、少しくらいいいだろう


「・・・・・遠坂のことを前から気にかけてるんじゃないのか」
「私のことを?なんで慎二が?」
「さあな。魔術師としてか」



───女の子としてか



「ふーん」


遠坂は興味なさそうに相打ちを打つ
俺もそれ以上深く聞く事は出来なかったので、残りの弁当を平らげるのに集中した


そろそろチャイムが鳴る
いつもなら予鈴が鳴ってから行くのだが今日はなんとなく、早めに行こうとどちらともなく腰を上げる
弁当箱を預かり、明日のおかずは何がいいやらと話しながら出口に向う


戸を開けようとした瞬間、ガチャリと荒々しく戸が開いた
勢い良く開いた戸がガンッ、と鈍い音を立てて顔にぶつかる


「〜〜つぅ・・・」


突然の衝撃によろめく
一体どこのどいつだ。顔を抑えながら視線を上げると
そこには先ほど、話題の中心だった間桐慎二が居た
俺などに目をくれず、一直線に遠坂だけを見て




「デートしよう」



などと前触れもなくそんなことを言い出した


「・・・・・・・・」


遠坂はポカーンと立っている
そりゃそうだろう。俺だってあっけに取られているんだ。本人なら更にわけがわかっていないに違いない
ぐいっと袖を引っ張られ数歩後ろに下がる


「士郎、今、慎二、なんて、言った?」


そんな一句一句区切らなくても


「・・・・・デートしようか」
「誰に?」
「お前以外に居ないだろう」


俺とデートしてどうするっていうんだ
悪いけど俺にそっちの気はないぞ


「なんで?」


更に俺に詰め寄って聞いてくる


「わからん」


悪いがこればかりは慎二の思考がわからない


「何こそこそ話してるんだよ」


慎二の不機嫌そうな顔が目に入る
すっと音もなく慎二の前に立った遠坂は、いつもの優等生笑顔をしていた


「ごめんなさい。何を考えてるのかわからないけど辞退させてもらうわ」
「な、なんでだよ」
「私とあなたがデートしても意味がないじゃない」


昼誘う時といい、1日に2回も復帰不可能な台詞を言われては流石の慎二もと思ったが


「僕には意味があるんだ」


とまだまだ食い下がる。どうやらショックを通り過ぎて開き直ったみたいだ
こうなると人間はしつこいぞ


「ちょっと士郎。あいつどうしたの?なんとかしてよ」


今度は前に引っ張られる


「俺に言うな」


俺がどうこうできる問題じゃないだろう


「別に衛宮に相談する必要はないだろう」


笑いながら慎二は言葉を吐く


「付き合ってるわけでもないんだし」


「───っ」



ドキリと、させる質問をするものだ
遠坂はなんて言うんだろう
まぁ師弟、いいところで仲がいいお友達だろうが


「付き合ってるって言ったら?」

「は?」


は?


俺も思わず間抜けな声を出してしまいそうになったが心の中だけで押しとどめた


「だから付き合ってたら?」
「そんなのありえないじゃないか!衛宮だぞ!?」


ついに慎二もブチッときたのだろう、荒々しく声を上げた


「なによ。悪いの?」


それに比べて遠坂は冷静だ


「悪いも何もなんで衛宮なんだよ!そんな普通の奴は遠坂に合わないだろ!」


本人が目の前に居るのによく言えたものだ。俺だってわかっていてもちょっとは傷つく


「なら私にはどんな男が似合うのよ」
「そんなの優雅でかっこいい男に決まってるだろう」


なぜか誇らしげに言っている


「誰のことを例えてるのか知らないけど、勝手にあたしの合う合わないを決めないでくれない?」

「な」

「自分の相手は自分で決めるわ」


珍しくも遠坂は少し怒っているようだ
学校の友達の前じゃあまりそのような面を見せないのに



「それにあなたと士郎なら士郎に決まってるじゃない」



──今、何かサラッと、とてつもないことを言わなかったか?



慎二も固まっている
何か言いたいのだろうか、口がパクパクと開いたり閉じたりを繰り返しているが一向に言葉は出てこない


「帰るわよ。今日も家行くからね」


も、を強調させる遠坂は、俺の手を引っ張ってずんずんと歩いていった
思わず弁当箱を落としてしまいそうになったがギュッと握り締める








なんでこんなにも腹が立つのか
腸が煮えくり返るって、きっとこの時のために使う言葉なんじゃないかと思わせるほど今の私にぴったりだ
何が私に合う、合わないよ


「・・・・か」


『遠坂凛』の幻想ばかり見てる奴に私の何がわかるのよ


「・・・・・お・・・か」


それに、士郎のことわかってないのに侮辱するから
士郎のどこがいけないのよ
皆皆、なんで衛宮なんだとか、ありえないとか、もったいないとか
ふざけないでほしい
私が誰を選ぼうが私の勝手だし、そこらへんの男なんかより士郎の方が何十倍もいいに決まってるじゃない
そりゃ魔術師としては半人前だし、恋愛も初心で、朴念仁な奴だけど
ひたむきで、一生懸命に魔術の練習や剣の稽古をしたり
手が触れただけでも赤くなるくせに、たまにどきりとさせるような発言をしたり
そんな奴を私は───


「遠坂っ」
「何っ!?」


うるさいと後ろを振り向く。今1人になりたいんだけどなんであんたが居るのよっ


「落ち着け。ちょっとゆっくり歩こう」


どこをどう歩いてきたのか、気づけば目の前には弓道場があった
士郎の声で少し冷静になる


「落ち着いたか?」
「ええ。なんとか」
「なら悪いんだが、手を離してもらえると嬉しい」
「え?」


見れば私はがっしりと士郎の手を一方的に握っていた
だから振り向いたら士郎が居たのか、納得
ってことは私は屋上からここまで士郎を引っ張ってきたってこと?
士郎の顔はよく見ると赤い、また朝みたいに皆に見られたからだろうか
それとも、この手の温もりのせい?

手を繋いだのはいつぶりだろうか、聖杯戦争の時は何度か繋いだ気がする
あの時は何も思わなかったけど、男の子の手って私よりも一回りも二回りも大きくて、ごつごつと骨が出ている
見ると、ところどころに傷がある。包丁ではないだろうから稽古の時か、土倉で何かまたいじってたのだろうか
胸がトクンッと鳴った。なぜかはわからない。ただなんだか暖かくて切ない



「遠坂?」


遠坂はただ手を見つめたまま動かない
どうしたのだろうか
先ほどからどうしても手の温かみに意識がいってしまう
柔らかくて、俺の手より少し温度が低い
返事がないのでもう一度遠坂の名を呼ぶ


「嫌だった?」
「?」


何が嫌なんだ。いきなりそんな事言われてもわからない



「手、つなぐの嫌だった?」
「な!?」


視線を見てた手から顔に上げる


「ねぇ」


なにやら真面目な顔のようにも見える遠坂と目が合った
なんて事を聞くんだこいつは
一気に顔が赤くなるのがわかる


「そ、そんなことない!」
「だって離さないと困るんでしょ?」
「そうだけど、いや、嫌なわけじゃない。むしろ嬉し・・・って何言ってんだ俺っ」


言葉がしどろもどろになる。何を言いたいのか


「士郎?」


ギュと手を握られる
それでもやはり力は弱かった
だけどその弱さが、更に俺の心をかき乱す


「ねぇ」


催促するような甘い声
その主はいじらしく笑った



「・・・・・お前遊んでるだろう」
「何のこと?」


しらばくれてももう遅い
じとーっと睨んでやると
くすくすと笑い出し、遠坂の手が離れた


「人で遊ぶのはよくない」
「だって士郎可愛いんだもん」
「は?」


可愛い?何がだ


「赤くなるとことか、慣れてないとことか」
「わ、悪かったなっ。慣れてなくて」


俺は遠坂と違って乏しい青春を過ごしてきたから、こうやって手を繋ぐ機会もなかったんだよ


「別に悪いなんて言ってないじゃない」


なぜか嬉しそうに笑っている
まぁ機嫌が直ったことはいいことだ
そうだ、俺も1つ言わなきゃいけないことがある



「ありがとう」

「何が?」


突然のお礼に遠坂は頭を傾ける






『それにあなたと士郎なら士郎に決まってるじゃない』




「──俺を選んでくれて」



「な、た、ただ士郎と慎二なら士郎だって話だけで特別な意味はないんだからね!」
「ああ。わかってる」


それでも俺を選んでくれたことが嬉しかったんだ
ふんっ。と遠坂は背を向けて歩き始めた
そろそろチャイムが鳴る頃だろう、俺もいつまでもここに立ってるわけには行かない
ゆっくりと遠坂を追うように歩いた




教室に戻ると空気がピリピリと張り詰めていた

原因は間桐慎二。何が気にくわないのか、不機嫌そうに顔を歪ませていた
その理由を士郎だけわかっていたがめんどくさいので何も言わない
それに言ったところでこいつは逆上するだけだ
触らぬ神に祟り無し


そう、触らないようにしていたのに


「衛宮、話がある」



放課後になると慎二から声をかけてきた
内容はわかっている。俺は無言で頷き、慎二の後をついていく
連れて行かれたのは屋上、グランドから部活動に励んでいる奴らの声が聞こえてくる



「お前遠坂と付き合ってないんじゃなかったのか?」


フェンスに背中を預けると慎二は睨みをきかせて俺に聞いてきた


「付き合ってない」
「ならなんで遠坂はあんな事言ったんだよ」
「知らない」


俺が知りたいくらいだ


「遠坂に気がないなら近づかないでくれ。衛宮とは合わないよ」


ここで、慎二を挑発するのはよくない
だから適当にああ、わかったよと言えばいいものの




「それは、無理だ」


勝手に言葉が漏れていた


「なんで?」


なんでだ


「俺は遠坂に魔術を習っている」


違う


「聖杯戦争の時、世話にもなった」


違う


「セイバーだって家に居るし、遠坂との関係をなくならすのは無理だ」


違う、そうじゃない。そんなことはただの言い訳で


「・・・・違う」


確かにそれもある。嘘なんかじゃない、俺は遠坂に救われたしセイバーも家に居る
だから俺は遠坂と共に居るのか?

それは、違う



「──ほっとけないんだよ。あいつ、1人じゃ無茶するから」


なんでも背負い込むあいつを、誰が救うっていうんだ

遠坂はきっとその荷物を俺に預けたりしないと思うけど
愚痴を吐き出せる場所くらいあってもかまわないだろう?


「だから、俺は遠坂から離れない」


そう、決めたんだ


きっと慎二は怒るだろう。慎二はずっと遠坂を想ってたんだから、俺は邪魔な存在のはずだ
殴られるのか、だとしても俺は文句を言えない
ゆっくりと慎二は近づいてきて
ではなく、出口の方へ歩いて行った



「僕は認めないよ。遠坂にふさわしいのは僕だからね」


それだけ言い残して慎二は戸を乱暴に閉めた




一方、



「遠坂さ、衛宮のこと好きなんだろ?」
「は?」


靴を履き替えてると綾子が不適な笑みで聞いてきた


「違うのかい?あたしはてっきりそうだと思ってたけど」
「な、何を言い出すのよ綾子、そんな」


私が士郎を好きだなんて───


「この前だって妙な事言うしさ、あたしはしばらくあそこから動けなかったよ」
「あれは仕方なく言っただけよ」


話を終わらそうと歩を進める


「そうだよね。衛宮だもんね」


ピクンッ


「ありえないかー。あの衛宮だし、優等生さんの遠坂とはねー」
「綾子」


思わず睨んでしまった
なんで皆、士郎のことをそんな風に言うのか
止めて欲しい。士郎は何も悪くない、悪いのは、優等生ぶってる私だ


「遠坂」
「何よ」


私は睨んでいるというのに



「素直になりなよ」



綾子は柔らかく笑った


呆気にとられる


「衛宮のことを悪く言ったのは悪かった。そうでもしないと遠坂本音出しそうにないからさ」


ケラケラといつもどおりに笑っている


「いいじゃん、衛宮。確かに以外だとは思うよ。だって今まであんた達、接点なんてなかったんだしさ」


何かを言い返さなければいけないはずなのに、口はまともに動いてくれない


「でも慎二はご立腹だろうねぇ」
「?なんで慎二が出てくるのよ」
「なんでってそりゃ・・・まさか気づいてないとか?」
「何を?」
「・・・はぁ。慎二も救われないねぇ」


私達はゆっくり正門に向かって歩き始めた
まだ夕暮れには少し早い時間
グランドにはいつもより部活に励んでいる生徒は少ない。きっともうすぐテストだからだろう


「でも慎二に何か言われなかったのかい?あいつなら何か言いそうだけど」
「ああ・・・。昼にわけわかんない事で怒ってたわよ」


思い出すだけで肌に悪い


「どんな?」
「あんな普通な奴って」
「普通?はははははっ。」


綾子は大げさに笑い出した


「何がおかしいのよ」

「はははははっ。だってさ、衛宮のどこが普通だって言うんだよ。あいつは飛びっきりの変わり者じゃないか
 無償で備品直したり、水泳部でもないのにプール開き前のプール清掃を手伝ったり
 弓道部在籍中に的を外したのは一度きりで、それも射る前から『外れる』と分かっていたとかいうんだよ?
 これのどこが普通の人なのさ」


・・・まぁ確かに普通の人じゃないかもしれない


「衛宮みたいにところかまわず突進して、失敗なんて省みないそんな奴は
 遠坂みたいな姉御肌で面倒見がいい奴がぴったしだ」

「なっ。だから私は別に・・・・!」


私の反論を無視して綾子は話を続ける


「それに、あいつと居たら気が休まるだろう?」
「・・・・うん。まぁそれは」


真っ直ぐな目を向けられては、そう答えるしかなかった


「遠坂、あいつと居るといつでも本音みたいだからね」


綾子は私より一歩前に進む
なぜだか私は歩くのを止め、綾子の背中を見ていた


空が紅くなってきた




「初めて見たよ。可愛く笑ってる遠坂なんてさ」


「・・・・どういう意味よ」


いつもは可愛くないってこと?


「違う違う。つまりだ」


ゴホンッと1つ咳をする


「もっと素直になれ。衛宮なら受け止めてくれるさ」


じゃあ、と綾子は言うだけ言って帰ってしまった
素直に・・・・・か





「・・・・素直って何よ」


呟いてみたけどわからなかった



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