共に歩く ─7─
「今日からテスト一週間前だからねー。部活動休止なんだからちゃんと家で勉強するんだよー」
朝のHRで藤ねえが憂鬱になるような事を言う
毎日ご飯を作ってるんだ。テストの山くらい教えてくれたっていいのではないか
テスト勉強か・・・・。そうだ、遠坂に教えてもらおう
成績優秀の遠坂に教えてもらえばいい結果を得られるはずだ
「却下」
食後、俺の計画は悪魔に一言によって見事に打ち砕かれた
「な、なんでさ」
「そこまで面倒見てられないわよ」
機嫌を取ろうと少し奮発して買ったお茶請けに手を出す
その地味な努力も水の泡
「少しでいいだ。英語だけでいいからさ」
「英語なら藤村先生に聞いたらいいじゃない」
「藤ねぇはテスト前は家に来ないんだよ。テストとか作らなきゃいけないから」
「へー」
「だからさ、頼む!このとうり!」
神頼みするように手を合わせる
観念したのか、仕方ないとだけ言って遠坂は勉強を見てくれることになった
***
最近はこうして士郎の家に居座っている
帰るのは服を取りに帰る時だけ
いつのまにか、こうして人と戯れるのに慣れてしまった
誰かが側に居ることを、前までは空気のようにしか感じなかったのに
今ではなんだか居心地がいい
・・・・そういえば、いつぶりだったのだろう
皆で顔を合わせてご飯を食べたのは
思い返せば、私は酷く寂しい幼少時代を過ごしたのかもしれない
別に後悔なんてしてないけど、もう少し他人と馴れ合ってもよかったのかもしれない
でも、遠坂は一番じゃないと駄目だったから
私にとって皆、敵だったのだ
「なぁ、素直ってなんだ?」
「え?」
いきなりの質問に頭が上手いこと動かない
「ここだよ、ここの穴埋めなんだけど」
なんだっけなぁとペンで頬をかく
「──素直ってなんだと思う?」
「え?」
質問に質問で返されて首をひねる士郎
「えーっと・・・。あ!obedientだ!」
「違うわよ馬鹿」
「あれ?んー・・・」
「単語じゃなくて素直の意味を聞いてるの。分野でいうと国語」
「なんでさ?」
「いいからっ」
あまりに遠坂の目が真剣なのでそれ以上問い詰めず、素直に自分の考えを口にする
「えーっと・・・。飾らないこと・・・だろ?ありのままに生きるとか」
「わたしはありのままで生きてるわよ」
「なぜ怒る」
「怒ってないわよ」
「でも、素直って難しいよな」
「なんで?」
「だってさ、誰にだってプライドがあるもんだろ?それを守るためには、素直に生きるだけじゃ足りないんだよ」
「そう、よね。プライドだって大事よ」
「はは。遠坂らしい。でも」
「強くなる事も大事だけど、弱さを見せる事も大事だ」
「人間、頑張りすぎたらパンクしちゃうからたまには空気を抜かないと」
「・・・士郎は、素直に生きてる?」
「どうかな。自分に嘘はついてないけどな」
ガラガラ
「凛、お風呂開きましたよ」
まだ髪を濡らしたセイバーが入ってくる
「じゃ、上がるまでにここまで終わらすこと」
──チャプンッ
湯船につかり、今日一日の疲れを癒す
いつもより少しお湯が熱いせいか、すぐに頭がクラクラしてきた
「弱さを見せるのも、大事か」
士郎のあの言葉が頭に残る
弱さなんて、誰にも見せなかった
否、弱さなんて、ない
それをどう見せるというのだ
これ以上、入ったらのぼせる
私は半乾きの頭のまま、居間へ行き士郎と交代した
「セイバーは素直ってなんだと思う?」
士郎に問い掛けた質問を彼女にも問う
「はぁ。素直、ですか」
「ええ。ちなみに士郎はありのまま、飾らないこととか言ってたわ」
後、プライドやら弱さを見せるのもどうやらと、付け足していく
「あなたの意見も聞かせてほしいの」
「別にかまいませんが、なぜいきなりそのようなことを?」
「なんとなくよ」
「はぁ。そうですね。士郎の意見が的確だと思います」
「飾らないことって結局どういうことなの?」
「凛、貴方は難しく考えすぎだ」
「素直の意味がありのままであるように、事情などに迷わされず、自分の気持ちに嘘をつかずに行動してください」
「あなたのような素敵な女性を受け止めない殿方などいませんよ」
「セ、セイバー!?何言って・・・!」
「それでは私は寝ます。いい夢を見てくださいね」
***
遠坂があがった後、おれも続けて風呂に入った
風呂から上ると、居間の電気は消されていた
なぜかセイバーと遠坂の姿も見当たらない
居間で一人で居るのもあれだから部屋に戻ると、縁側に遠坂が座っていた
「よう」
声をかけると遠坂は顔を上げるだけで、また視線を中庭へと戻す
「何してるんだ」
「別に、ただ星が綺麗だなって」
見上げてみるとオリオン座が綺麗に見えた
「本当だな」
遠坂の横に腰を下ろす
「今日は見てくれないのか?」
「テスト前だからお休み。無茶されて受けられないなんてことになったらたまらないからね」
「遠坂の宝石がなければ大丈夫なんだが・・・」
「何か言った?」
「いや、空耳だ」
「・・・そう」
納得のいかない様子だったがそれ以上遠坂は問い詰めず
しばし、無言の時間が続いた
星に見とれているのか、お互い空を見上げている
今が夏であれば、虫の鳴き声が聞こえてきてなかなか風流だっただろう
「士郎、私ね」
無言を立ちきるように、遠坂は言葉を出す
「ん?」
遠坂の方に向くが、遠坂の視線は変わらず星を眺めていた
少し間があいて、続きの言葉が出される
「士郎から見たらどんな人に見える?」
予想もしていなかった質問に少し焦る
「な、なんだよいきなり」
「いいから答えて」
今度の言葉は、何かに急かされたような、でもなぜか弱く出された
手を、強く握っているのが見えた
小さな手
そんな小さな手で
こんな──こんな小さな体でこいつはこれから何を背負って生きていくのだろう
魔術師は血の匂いがするものだ
これからこいつはたくさんの血を見るのだろうか
そして、あの時のように、その瞳を涙で揺らしながら歯を食いしばるのだろうか
情けない。俺はこいつに何もしてやれないのか
俺には遠坂を支えられる技量なんてないし、足手まといだ
こいつはロンドンに行って更に力をつけるだろう。遠坂の名に恥じぬよう、高みを目指して
俺は何が出来るだろう
指をくわえて見てるなんて、ごめんだ
なら、力をつければいい
投影をもっと磨いて遠坂が安心して背を預けてくれるぐらいまでにはなればいい
俺は、その白い指を血で濡らしたくない──
「遠坂は──」
「学校のアイドルで、成績優秀な奴。俺も密かに憧れてた」
照れで頭をかく
「・・・それだけ?」
「気丈でしたたかで惚れ惚れするくらい華麗な奴」
やっぱ、そうか
そうやって生きてきた
遠坂として、そう見えるように生きてきたんだ
だからこの答えは正しい
哀しくなんて、ない
瞼をゆっくり閉じる
夢を見るのは今日でおしまい
私は、遠坂の名を継ぐ者なのだから─
「だけど」
閉じかけた瞼を今一度、ゆっくり開ける
そこにはまっすぐな目で見つめる士郎が居た
「だけど」
俺が伝えたいのはそんな事じゃないだろ・・・──?
「中身は年相応の女の子で、自分の事可愛くないとか思ってて」
なんだかんだ言いながら最後まで面倒見てくれて
そのおかげで、俺は今ここに居られる
「──ここ一番のところで大ポカをしでかす奴で」
俺は
そんな大馬鹿野朗を守りたいって思ったんだ
「俺は、そんな遠坂が好きだ」
いつの間にか、遠坂の事を考える時間が多くなった
笑ってほしいと思った
笑わせたいと、初めて願った
俺の手で、幸せにしたいと想った
「な、何言い出すのよ」
「何って、どういう人だって聞かれたから俺なりの答えをだな」
「それ答えっていうか・・・」
──ただの告白じゃない
小さく、遠坂は言う
「・・・ああ、そうだ。告白、だな」
「何開き直ってるのよっ」
「好きなんだ。仕方ないだろう」
頬を赤くさせて、真っ直ぐに目を合わせてきた
思わずこっちから目を逸らせてしまう
「真面目に言ってるの?」
「む。嘘はつかないぞ」
士郎が嘘をつけないことくらい、知っている
「・・・私、魔術師よ」
「俺も魔術師だ」
半人前だけどな、と付け加えて彼は笑う
「学校でばれたら大変な事になるかも」
「そんなの平気だ」
「柳洞君が黙ってないわよ」
「一世ならわかってくれるさ」
「私、士郎が思ってるような可愛らしい、桜みたいな女の子じゃ・・・」
「遠坂」
力強く、名を呼ばれ口を閉ざす
「誰がどう思おうと、俺にとって遠坂は可愛い女の子だ」
「─────っ」
一番言って欲しかった言葉
私は遠坂の当主であるまえに
ただの一人の女の子なんだ
普通の女の子なりの感情だってもっている
だけど、それを隠して、偽って
真っ直ぐに遠坂凛で在ろうとした
「・・・士郎って」
「ん?」
「本当に馬鹿」
「な、なんでだよ」
「・・・後悔しない?」
「何を後悔するんだ」
「・・・士郎は、今までの遠坂凛を好きだったんじゃない?」
「?」
「だから、もし、その、つ・・・付き合ったりなんかして優等生なんかじゃない私を見たら──」
「・・・・ぷっ」
「え?」
「ぷっ、くっ・・・くっ・・・」
「な、なんで笑うのよ」
こっちは真面目に言っているのに、想わず眉毛が釣り上がる
「あはははははっ」
だと言うのに、士郎は堪えきれないとでも言うように声を出して笑い出した
「何がおかしいのよっ」
「あははっ。だってさ、遠坂かわいすぎ」
「なっ・・・」
ぽんっと士郎の手が私の頭をなでる
「優等生なんかじゃなくっていい。俺はありのままの遠坂が好きなんだし、どんな遠坂の一面を見ても嫌いになんてならない」
「何を根拠にそんなことが言えるのよ」
「だってさ」
「こんなに好きなんだ。嫌いになんてなれるわけがない」
「なっ───」
真っ直ぐな、純粋な彼の言葉に何を返せばいいのかわからず、口を閉ざしてしまった
やたらと心臓の音は大きくて
後から後から、もどかしいような恥ずかしいような気持ちが溢れてくる
難しく考えず、正直に行動する──
「遠坂・・・?」
「私、今なら素直になれる気がする」
「え?」
目を閉じる暇も与えず、私は彼の唇を奪った
「────っ」
数秒の、唇を合わせるだけの軽いキス
目の前には、顔をりんごみたいに真っ赤にさせて目をまるくさせてる私の愛しい人
「士郎、好きよ。誰にも負けないくらい」
そのまま、いつかのように士郎の手をとる
でもあの時とは、二人の距離は違う
繋いだ手のように重なり合ってる
「真っ赤」
「ば、ばか!全部初めてだし、こんなこと今までになかったし・・・赤くならない方が無理だ!」
「私だって、初めてなんだから」
「こうやって手を繋ぐのも、ドキドキするのも・・・・。全部、士郎が初めて」
そう、彼女ははにかんだ
────。
反則だった
そんな風に言われたら、気持ちを押さえきれなくて
抱きしめずにはいられなかった
煌く星の下、時間など忘れて2人で居た
同じ屋根の下だというのに、少しでも今は離れたくなかった
そして、繋いだ手を離さずまま、寝ている二人をセイバーが発見するのは朝日が昇る頃だった
Fin
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