共に歩く ─2─  




試合が終わり、交代でコートに入る


衛宮チーム 美綴 一成 三枝 男子A 
蒔寺チーム 遠坂 慎二 氷室 男子B


適当に決めた割にはなかなかバランスがいい
本来バレーは6人でするものなので1人足りない俺らは適当な位置に立つことにした
セッターだけ決め、そこには三枝さんに行ってもらう
俺はアタックを打つつもりで居るので前の方へ、一成も俺の反対側に立ち、真ん中後ろ当たりは美綴と男子Aくんが守ってくれる

対する蒔寺チームは俺の前に蒔寺、その反対側に慎二
セッターは氷室で真ん中後ろには遠坂と男子Bくん


じゃんけんで勝ち、美綴のサーブから始まった
パーンッと気持ちのいい音がしてボールが向こうのコートに飛ぶ
男子Bくんが受け止め、綺麗に氷室さんに渡し
初っ端から蒔寺にトスをあげた


「へっへーん!衛宮ー!覚悟しろ!」


バッと助走をつけて飛んだ蒔寺は俺の想像以上に飛んだ。いや、ネットは越えてないけど
俺もブロックにと飛んだが、狙いがはずれ横を通り過ぎていく
しまったと思ったがそこを美綴がカット 助かった。三枝さんがそれを一成に上げ油断してたのか見事に決まった
やっぱ身長がある奴はいいな。2センチほどしか変わらないはずなのに全然違う気がする


再度美綴のサーブから始まる
ギリギリを狙ったのだろうか、ボールは外に出るか出ないか際どいところに落ちる
こういう時は出ていようが取るものだと男子Bくんが取るが、セッターに返らず真上にあがってしまった
そこを蒔寺がフォローにと走る

蒔寺、そういうのは近い遠坂に任せればいいんだぞ、その位置からは遠くないか?と教えてあげようとしたが
落下点に到達するのがあまりに早かったので、蒔寺なら有りなのか思わされた。流石陸上部エース。ダッシュ力が違うな
だが残念。間に合ったが男子Bくんが邪魔だったのかまたもや上にあがる
そこを遠坂が返す。初めから遠坂に任せておけばよかったもののときっと俺以外も思っているはずだ
一世が少し後ろに下がり、それをそのまま打つ。スパーンと本来なら遠坂と男子Bくんが居たであろうところに落ちた


周りから拍手が聞こえてきた。このメンバーを見に来たのか先ほど俺達が見ていた時より人が増えてる気がする
きっとそれぞれに見たい相手を見に来たのだろう

慎二 一世 美綴 遠坂 蒔寺 氷室 三枝

なかなかユニークな集まりだからな
そう考えると自分が酷く場違いな気がしてきた
俺を見る奴らなんてどうせ仲がいい奴らがちゃかすくらいだろうし、そいつらもどうせは遠坂を見るついでにだ


美綴のサーブが入る。今度は遠坂が受け取り、氷室さんが上げ、またもや蒔寺
が、運良くタイミング合わなかったらしくへなへなと円を描いてボールは落ちてきた
これを逃すわけにはいかない。美綴が三枝さんに渡し、今度は俺にトスがあがる
待ってましたとばかりに俺は目でボールを追う
高いトス。タイミングを合わせ、力一杯腕を振り抜いてやった

バシンッと爽快な音が男子Bの横を抜けていく
蒔寺はやられたとキーキー騒いでいるが今はそれが気持ちいい
さて、もう一本と前を向きなおした時、偶然にも遠坂と目が合った






   ***







「敵同士だね。団体戦でもあたしは負けないよ」


など対抗心を燃やしているのは同じクラスの美綴綾子
元より彼女と一緒に組むつもりだったのだが、まさかこんなメンバーでするとは思いもしなかった


「しかも士郎まで居るし」


聞こえないほどの声で、生徒会長と仲良くおしゃべりをしてる背中に言う
彼の運動する姿を見るのはこれで2回目になるんだろうか、1回目は中学の時
真っ赤なグランドで馬鹿みたいにずっと走り続けてた誰か
跳べるわけないのに、自分でもわかっているのに、ただがむしゃらに走り続けていた
出来ないと判ればすぐ手を引く私にとって
成否なんて考えず、ただ純粋に真っ直ぐ、物事に打ち込む姿が眩しかった


ピィーっと甲高い笛が鳴る。次は私達の番だ
立ち上がりコートに入る。右後ろらへんに立ち、相手のチームに視線を移す
あの日見とれた少年は身長が伸び、今ならあの時挑戦した高さを跳べるかもしれない
もう4年も前の話。彼は私が昔から知っていたことをしらないし、教えようとも思わない


──だって、悔しいじゃない




ピィーっと新たに笛が鳴り、試合が始まった


一本目は柳洞くんのアタックが決まり、先制点を向こうに取られてしまった
蒔寺楓の見事なアタックをアクロバットとは言いすぎだが転んで取る綾子
流石と言うか。でもなんだかどうだい遠坂、と言ってるような目が気にくわない

再度綾子からのサーブが飛んでくる
きわどいところを狙ってくるものだ。男子Bくんは膝をつきながらもそれを受け取った
真上にあがるボールを取ろうと走るが、蒔寺が早々と走ってきて取ってしまった
しかしまたもや上にあがり、相手コートには返らない。止めた足を再度動かし、ボールを返した

だが場所を間違えてしまった。見事にボールは柳洞くんの前に飛んでいき、そのままダイレクトにアタック
私が元居た場所に落ちる。向こうのコートではハイタッチなどをして喜んでいた
・・・・悔しい。体育のバレーであろうと負けることに関しては何であろうと悔しい
勝負事には負けてられない。気を取り直して元の位置に戻る


綾子の鋭いサーブが私の元に飛んでくる
それを軽くあしらい、氷室さんに渡すが蒔寺のへなへなアタックで相手にチャンスを与えてしまった
アタックに備えて腰を低くし、かまえる。流石に3連続も点数を渡すわけにはいかない
三枝さんの高いトスは私の斜め右へあがり、蒔寺に負けないほど高く飛ぶ士郎が目に入った

ボールは一瞬にして地面に打ち付けられ高く跳ねている。反応出来なかった。いや、本来ならば出来たはず
位置からして取れはしなかっただろうが、最低でも目だけはボールを追うはずだった
追うはずだったのに。視線は向こうのコートに居る男の子から離れない
・・・・・・一生の不覚。まさか一歩も動けないなんてことあるはずがないと思いたい
でもこれは事実



───その打ち抜く姿に目を奪われてしまったのだ


・・・・士郎のくせに
少しだけどかっこいいと思ってしまった。いや、本当に少しだけよ?スポーツしてる姿は誰であろうがかっこいいものでしょ?
バチッと振り向いた士郎と目が合う






   ***







遠坂はわざとらしく視線を逸らした。
なんだ?そんな偶然に合ったんだから慌てて逸らさなくてもいいのに


その後、俺のアタック2本。蒔寺3本。一成2本。慎二が2本、氷室のフェイントが1本
ミスがそれぞれ3回ずつと10対9と激戦だ

いつの間にか周りには更にギャラリー達が集まり、えいやえいやと応援してくれている
その大半がやはり遠坂を見る男子軍団と慎二を見る女子軍団だが。2人がボールに触れるたびにキャーやらオオーやら聞こえてくる
俺も一度でもいいからあんな風に騒がれてみたいものだ


トスがあがり、俺は地面を踏み込む
真っ直ぐに打ち抜いてやろうと思ったが目の前にそうはさせまいと蒔寺のブロック
このままだと蒔寺の手に跳ね返り、あっちに点数がいってしまう
無理やり軸を変え打ち抜く、ボールの行方はというと遠坂の方へ
来ると思わなかったのか、遠坂はとっさに取ろうとするが間に合わず
腕に当たるものの、ボールはそのまま観客にまで飛んでいった
遠坂は腕を押さえている


しまった



瞬時にそう思った。相手は女の子だ。力一杯打ち抜いていいわけがない
今までは当たらなかったけどああやって当たることもあるんだ


「すまない遠坂!大丈夫か?」


慌ててネットを潜り遠坂の元へ行く




「いった〜・・・」


当たった箇所がじんじんと痛い。程よく赤くもなっている
まさかあそこでこっち来るとは思わなかった
いつもの女子だったら体育では取れたと思うのに、士郎のボールは早くてすぐに対処が出来なかったのだ
あそこで腕が出ただけでも十分なのに彼女は不満そうに顔を歪めている



「大丈夫か?」


心配してくれてる氷室さんと蒔寺の間からひょこっと当てた本人が顔を出した
大丈夫じゃないわよと言い返したいが皆が見てるため、なんとか。とだけ答えた


「つい熱くなって本気になった。次からは気をつける」


すまないと。手を合わせ謝る士郎
それよりもその前に言った言葉が気になる


「気をつけるって次からは本気にならないってこと?」
「ああ。女の子にあれは危ないよな」


じゃあ、士郎は手を抜くと言うのか
そっちの方が許せない。勝負事は何であれ真剣にするのが相手への誠意だ
そうでなきゃ失礼ではないか


「保健室行くか?」
「行かないわよ。ほら、早く自分のコート戻って」


ふんっ。とそっぽを向かれた。何やら遠坂は当てたことではなく、他の事に怒ったみたいだ
何かおかしなことを言っただろうか。心配しただけなんだけどな
ぽりぽりと頬を掻きながら自分のコートに戻る


士郎の背中を見つめながらどうにか一泡噴かせられないかと考え、すぐに見つけ出し、氷室さんにコソコソと作戦を伝えた


サーブは俺からだ。先ほどのことを考え、緩やかなサーブを打った
円を描いたボールは慎二の元に行き、それを氷室さんに渡した
この流れで行くとアタックは蒔寺だな。ブロックをするか、しないか。今のところブロックが成功したことがない。
それにこのままだと自分の位置に戻る前にボールが返ってきそうだ
ボールの行方を眺めていたため、俺はまだ美綴の後ろに居る
そうして、氷室さんの高いトスが蒔寺───

ではなく、後方に居る遠坂にあがった


な


バックアタック──
いや、まさかこれを高校の体育で見るとは思わなかった

初めからこのつもりだったのだろう。助走をつけ、蒔寺や一成以上に高く飛ぶ遠坂から弾丸みたいな一発が放たれた
その綺麗にしなる体に見とれてしまい、反応するのが遅れる
それが命取りとなり、ボールはそのまま俺の顔面に衝突した


「ぶっ!!!!」


あまりの威力にそのまま後ろに倒れそうになる。それを平衡感覚のない頭でなんとか堪えた
アタックを顔面に受けること自体恥ずかしいのに、さらに倒れたりなんかしたら俺の株は大暴落だ
しかも女の子からのアタック。いや、正直あの威力は女の子が放つ物ではないと思うけど

ボールはというと、そのまま相手のコートに返り、ポンポンと軽やに跳ねている
どうやら点数はこちらに入ったらしい。喜ぶべきことなのか
静寂に静まり返っていたが、ボールの跳ねる音が消えると


「あはははははは!!!顔面レシーブかよ!」


蒔寺が貯めに貯めていた分を吐き出す
それに釣られて仲間であるはずの美綴まで笑い出した


「ははははは!上手いね衛宮。今のは顔面じゃないと返せなかったよ」
「うむ。中々の奇策だな衛宮殿」
「ははは。何してるんだよ衛宮。かっこ悪いなぁ」
「あはははっ!はは、は、ひー、ひー。いやー。傑作だった。ナイス遠坂!」


グッと親指を突きたて遠坂に向ける
文句のひとつでも言い返したいが今はこの鼻の痛みと格闘中の為、何も言えない
いや、半端じゃなく痛いぞこれ。折れたんじゃないかと心配する


「あ!衛宮くん鼻血!」
「へ?」


あわあわと三枝さんは心配そうに近づいてくる
抑えていた手を逆の手で触れてみると血がついていた



「ごめん、大丈夫?」


先ほどと逆で今度は遠坂がネットを潜りこちらに向かってきた


「大丈夫だ。すまん。試合を続けてくれ」


俺は保健室に行くからとコートを出る。流石にこのまま続けるわけにはいかない
歩を進めるが鼻という部分は人間の弱点であって、あまりの痛さに目に涙が溜まり、前がよく見えない
それに軽い脳震盪になったのかふらふらする。気を抜けば膝をついてしまいそうだった
それでも進んでいくと、トンッと横に温かみが


「連れて行くわ」


声からして遠坂だ。見るに見かねたのか、それとも自分が原因だからなのか心配してくれてるみたいだ
それがどうあれ


「だ、大丈夫だ」
「どこが大丈夫なのよ。ふらふらじゃない」
「う、そうだが」
「自覚してるなら大人しく連行されなさい。ほら、行くわよ」


ぐいっと腰から押される
確かに1人では辛いんだけどこれもまた違う意味で辛い
その、近い。あまりにも近い。これはなんていうか密着とかいうレベルじゃないのか?
腰には支える為か遠坂の手が回され、その・・・・脇腹付近にほんのり当たる柔らかな物はなんだろう
意識してはいけないのにどうしてもそこに意識が回る
今のふらふらは脳震盪のせいではなくこいつのせいだ。しかも凄くたちが悪い

おかげでどう歩いてきたのかもわからず、俺は保健室に着いていた



ガラガラッ


「失礼します」
「はいはーい」


なんて声がいつもは聞こえてくるはずなんだが、先生の姿は見当たらない
会議だろうか、それとも他の用事か・・・どっちにしろ部屋を空けるなら鍵はかけるべきだと思う


「ここ座って」


言われた通り椅子に座る。やっと開放され、思う存分空気が吸えた
ふぅ。酸素ってこんなに美味しい物だったのかなんて感動していると目の前にティッシュが差し出されている


「とりあえず押さえて。氷持ってくるまで動いちゃ駄目だからね」


何枚も重ねられたティッシュを鼻に押し当てる。今まで押さえてた手を見ると血だらけで気持ち悪くなった
鼻血ってこんなに血が出るものなのかと感動してしまう
それと同時に鼻血でこんなに血が出るなんて俺は危ない病気か何かじゃないのかと不安になる
まぁ原因はボールだとわかっているのでそんなの杞憂なのだが

鼻血が止まるようにと上を向いた。あれ?鼻血の時って上向くんだっけ?上向いたら鼻血が口に移動するよな
えーっと。首の後ろ叩くんだっけ?いや、確かそれは漫画で読んだ間違った鼻血の止め方だったような
む。どうしたらいいんだろう。鼻血なんて出すの久しぶりだからな
どうするものかと試行錯誤してるうちに遠坂が氷を首の後ろに当ててくれた
突然当てられたので体が敏感に反応する。つ、冷たいっ。蕁麻疹のように鳥肌が立つ


「これ持って」


言われた通り、空いた手で押さえられてる氷を持つ
あまり押さえつけると鳥肌が止まらないのでソフトに首に当てる


「じゃ、顔上げて」


俯いていた顔を上げると遠坂のアップ
あ、遠坂の目に俺が写ってて鏡みたい・・・じゃなくて


「な、なななな」

「ちょっと、なんで逃げるのよ」
「何をするつもりだ」
「何って血止めに決まってるじゃない。ほら、大人しくする」


ぐいっと顔を固定され、鼻の上。眉間の下らへんにひんやりとした指先が触れた
遠坂は呪文を唱えるのに集中するためか、目を瞑る
いつもより近いせいなのと、目が開かれていないのを理由に俺は遠坂の顔を気恥ずかしいながらも見つめてしまった

白い肌、整った顔、長いまつ毛、唇だけが世話しなく動いている
綺麗、だよな。沸騰寸前の頭でそんなことを考えていた
きっと首の後ろにあたっている氷のおかげだと思う


「はい、終わり。そこで顔と手洗って」


突然開かれた目が合う
ドクンッと心臓が跳ねた


「?どうしたの。まだ揺れて立てないとか?」
「あ、いや、そんなことはない。えーっと、顔を洗うんだったな」


ガタガタと椅子を倒しかねない勢いで立ち上がり、急いで顔を洗った
水は冷たくて沸騰した頭を冷やしてくれる。助かった、治療してもらってるだけなのにドキドキなんてしてたら不謹慎だ
手についた血はところどころ乾燥したのか、取れにくいので爪で落とす
鏡で顔を確認したところ血の後は見えないし、さっきみたいにボタボタと出てくることもない
血止めの魔術って便利だな。俺もそのうち教えてもらおう

後ろを向くと遠坂がタオルを差し出してくれた。ありがたい。本当に手際がいいっていうか面倒見がいいっていうか
感心してるとグイッと服を引っ張られた


「結構出たのね。折れてないのが不思議なくらい」


体操服をまじまじと見ている
気がつかなかったが服にまで血が落ちてたみたいで汚れていた


「本当だよ。折れたかと思った」


わざとらしく鼻を押さえる。痛み止めもしてくれたのか、先ほどまでじんじんと痛かったが今はその痛みも感じない

しかし、当たったのが俺でよかった
三枝さんに当たればノックダウン。一成に当たれば乱闘、美綴はどうだろう。男子Aくんは俺と同じ状態になるかあのまま倒れるか
それなら俺でよかったと思う。俺だからこそ遠坂はあまり気を使っていないみたいだし


「ごめん」
「え?」
「だからごめん。折れたかと思ったほど痛かったんでしょ。馬鹿力で悪かったわね」


珍しく罰の悪そうな顔をしている


「いや、先に俺が遠坂に当てたんだからおあいこだ」


慌てて弁護をする


「それに手当てもしてくれた」


納得いかないのかまだ表情は変わらない


「あー・・・だから、遠坂は悪くない。反応出来なかった俺の修行不足だ」


だから、そんな顔しないでくれと。自然に遠坂の頭を軽く撫でた
柔らかくて、少し冷たい。指を通せばサラサラと逃げてしまいそうだ


「・・・・そんな顔ってどんな顔よ」
「そんな顔だよ。笑ってる方が可愛いぞ」
「な、何が可愛いよ。思ってもいないくせに」
「何言ってるんだ。遠坂は可愛いじゃないか」
「〜〜〜っ」


ん?なんだか遠坂の顔が赤く・・・・




ガラガラ



「衛宮。鼻の具合はどう──」



ピキーン


保健室の空気が一瞬にして凍りつく
その凍りつくのも一瞬ですぐに俺達は体を離した


「な、何をしているのだ!」


凄い剣幕で入ってくる一成。その後ろには何故一成が怒っているかわかっていない美綴と三枝さん


「な、何もしてない!」
「嘘をつけ!その慌てようはなんだ」


ギロリと眼鏡の奥から鋭い視線が


「この女狐め。ついに正体を現したか!」


俺ではなく遠坂に向かっている


「何を勘違いしているのかしら?私は衛宮くんの治療をしていただけよ」
「なら何故衛宮はあんなに慌てているのだ」
「貴方がノックもせずに入ってきたから驚いただけでしょう」
「それだけであんな反応をするものか、ええい。白状せい」

「なら柳洞くん。あなたは何を見たっていうの?」
「なぬ?」
「だから、その慌てる原因を見たからそういうことを言うんでしょ?
 ならあなたは何を見たのかはっきり言ってもらわないと。私はそういうことをした覚えがありませんので」
「何ってそれはだな」


一成がごもる。まさか一成が先ほどの状況を説明できまい、あいつは女が苦手であり、そういう事も苦手だ


「それは?」


遠坂が自分が優位だと見たのか更に優等生スマイルで一成を追い詰める


「柳洞、何を見たっていうんだよ」


頭の上にクエッションマークを乗せた美綴が問う


「・・・・。いや、失敬。俺の見間違いだろう。まさか衛宮がそんなはずはない」


ずれた眼鏡をかけなおし、いつもの冷静な一成に戻った




その後、先生がやってきて借りたタオルと名前を紙に記入した
どうやら朝ご飯を抜いたらお腹が減って我慢出来なかったらしく、食堂で軽く食べてきたそうだ


「ごめんね。鼻血だったっけ?適当に後は書いておくからもういいよ」


ひらひらと手を振られ、俺達は体育館へ戻る
途中、後ろから一成に本当に何もなかったのだなと5回ほど聞かれた






   ***






体育館に戻るものの体育をする気にはなれず、俺は蒔寺と美綴のアタック対決を見守ることにした
外からボールの音が漏れてくる。どうやらグランドではもう1つの体育の奴らがサッカーをしてるみたいだ
扉の隙間からほんの少ししか見えないが
ボールが高く上っていて、それを追いかけ飛び、こけたりしてもみくちゃになっているようだ

サッカーは怪我しやすいよな。ふと半年ほど前を思い出した。サッカー部のエースと1対1になった時だ
ここはいかせるもんかと張り切ったら相手のキックがボールをすかして俺の腹にクリーンヒット
あれは痛かった。いや、痛いなんてもので片付けられるようなものじゃない。息が出来なくなってそのまま保健室に運ばれたっけ
そんでもって教室に戻ると「何してんの衛宮。あんなキックごときで倒れちゃってさー情けない」なんて慎二に馬鹿にされたな
なら受けてみろってんだ。・・・まぁ慎二にそんなキックくらわせたらエースは女子達から非難を浴びるんだろうが


「くしゅんっ」


む。何か女の子らしいくしゃみが聞こえたぞ
声の主は俺と隣に座っている遠坂だった


「大丈夫か」
「ええ」


ずずっと鼻をすすっている。寒いのだろうか。今日はいつもより暖かく感じるのに
・・・うーん。それにしても・・・
じっと遠坂を見つめる


「?何?」
「いや、遠坂もジャージ着るんだなって」


初めて見たときも思ったが本当に珍しい。私服のときとはまた違う新鮮さを出している
なんていうか、うん。凄くいい


「なによそれ。着ちゃ駄目だっていうの?」
「そういう訳じゃないけどなんていうか。普通の高校生みたいだな」
「衛宮くん。あたしのことどう見てるのかしら?」


あ、地雷踏んだ。その背筋が寒くなるような笑顔は止めてくれないか


「気にするな。ただ遠坂のジャージ姿なんて想像もつかなかったから」


ジャージ姿って言うよりもズボンって言うのが正しい。遠坂は私服時も常にスカートだったし
ジャージ姿で思い出すのは蒔寺、氷室さん、三枝さんくらいだ
美綴はジャージより弓道着のイメージ。ジャージも似合うけど弓道着の方が見慣れている為、そっちのイメージが強い
そういえば弓の勝負まだしてなかったな。そろそろ顔を出さなければ本気で怒られそうだ


「そりゃあね。この季節半袖で歩いていられないわよ。ジャージでも寒いんだから」


三角座りをしているためか、体が小さく見える
おまけに肩を縮まらせているもんだからそれはもう更に小さい
胸の中にスッポリと納まりそうだ
その愛らしい姿を見ていたいと思ったが寒がっている遠坂を、そうか。なんて放っておくわけにはいかない


「寒いならこれ着ろよ」


ジャージに血がついていないか確認した後、自分の上着を遠坂に渡した
遠坂はあっけに取られたような顔をして固まっている


「?女の子は体を冷やしちゃ駄目だからな。ジャージ2枚なら暖かいだろ」
「・・・・・・」
「・・・・?あ、悪いけど下は貸せないぞ。流石に半袖半ズボンはきついからな」
「そうじゃない、けど。士郎は寒くないの?」


何を遠慮してるのか。おずおずと聞いてくる


「ああ。俺は大丈夫だ。だから遠慮なく着てくれ」


受け取らない遠坂にジャージをポイと投げる
こうなれば実力行使だ


「なら借りるけど、後悔しない?」


投げたジャージを握ったり、指でいじりながらまたもや確認をしてくる


「後悔?なんで後悔なんてするんだよ」


頭をかしげる。遠坂に風邪をひかせたら何かいいことでもあるのか?


「また朝みたいな視線を浴びるわよ」


あ、
そうだ。遠坂が男のジャージなんて着てたら誰のだー!とか騒ぎ出すに決まっている
一緒に登校しただけでもあの憎悪なのだ。ジャージなんて着ていたら屋上から落とされかねない


「気持ちだけ受け取っておくわ。胃に穴開いたら困るんでしょ?」


俺の戸惑いを見て、遠坂は迷惑かけられないからとジャージを押し返す
しまった。いらない気を使わせたのか。しかし遠坂の言葉に納得がいかない


「何言ってんだ。迷惑なのはそっちだろう」


俺なんかと噂を立てられて迷惑なのは遠坂だ
俺と遠坂じゃ絵にならないだろう
せめて俺が後5センチ高くて、そうだ慎二みたいにモテてたら話は変わったかもしれない
慎二みたいになりたいとは思わないけど


「?なんであたしが迷惑なのよ」
「俺なんかとじゃ華やかな話も華やかにならないってこと」
「よくわからないことを言うわね・・・・」
「気に留めるな。ただの独り言だと思ってくれていい」
「へぇ。でも迷惑なのはそっちでしょ。風当たりが強いのはそっちじゃない」
「む」


まぁ確かにそうなのだ
でも劣れてる方に風当たりが強いのは自然界の摂理なんだから仕方がない


「ほら困ってるじゃない。素直に迷惑って言ってくれていいのよ。あたしもこれから軽率な態度は控えるわ」
「そういうわけじゃない。それに遠坂との噂なら大歓迎だ」
「な」


これから魔術の師弟として遠坂と付き合っていかなきゃいけないんだ
こんなことで足を引っ張ってられない。あの視線にも耐えなければいけないんだし
それに遠坂に風当たりがいくよりは何十倍もマシだ
遠坂が今まで築きあげてきたものが壊れてしまっては顔も合わせられない
それに俺こそ軽率すぎた。うん。これからはちゃんと考えて行動しなくては


「ん?どうしたんだ。顔色が悪いぞ?」
「何言い出すのよあんたは!そういうのが軽率な態度って言うの!」


周りを気遣ってか、遠坂は勢いよく言うが声は比較的小さくて俺くらいにしか聞こえない大きさだった


「?そんな事言ったか?」
「言った。凄く言った。」
「ん・・・・すまん。以後気をつける」
「はぁ・・・。まぁいいわ。そっちがそうくるなら遠慮はしないんだから」


白い手が差し出される
遠坂はうつむき加減なので表情がいまいちわからない
停止すること5秒


「何よ。別にジャージ借りてもかまわないんじゃないの?」
「へ?」


つい間抜けな声が出てしまった


「今さら後悔?」
「い、いや!全然後悔なんてしてない。思う存分着てくれ」
「日本語おかしいわよ」



ゆっくりと俺のジャージを羽織る遠坂
その頬が少し赤らんでいるのは気のせいなんだろうか
しかし・・・・遠坂が自分の服を着てるっていうのはなんだか変な感じだ
俺のジャージが大きく見える。特に手なんて見えていない
む、なんか可愛くないか?
遅れながらに顔に熱が篭る。遠坂に見られてなければいいのだが


結局美綴と蒔寺の戦いは引き分けになり、次の試合に持ち越されることになった
時間的に今日はもう出来ないだろう。結果だけ後で誰かに聞くかな


「集合ーっ。今日はここまでだ。片付けは先週はAだったからBと、Cが女子の分も片付けろ。それ以外は解散」


えー。っとCからの不満の声。俺はDなので片づけをすることはなく安堵する
早く着替えて教室に向かおう。一成を誘い、早々と更衣室に行った
その途中で数人の男子に頭を小突かれた。何をするんだと文句を言ってみたものの
幸せなんだからこれくらい受けろ裏切り者。などと言われた。意味がわからない




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